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東京地方裁判所 昭和45年(行ク)88号 決定

申立人 三村武雄 外五二名

被申立人 東京都建築主事

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一  申立人らは「申請外秀和株式会社が東京都目黒区大岡山二丁目四三番地を建築予定地として申請した共同住宅(マンシヨン秀和大岡山レジデンス)の建築確認申請に対し、被申立人が昭和四五年一二月三日なした確認処分の効力は本案判決が確定するまでこれを停止する。」との裁判を求め、その理由として、

「上記確認にかかるマンシヨンの建築予定地は、目蒲線大岡山駅の西北約六〇〇メートルの丘陵地帯に雛壇型に作られた造成宅地の最上段に位置し、その西側は崖地となつている。右造成宅地は、宅地造成等規制法制定以前の明治時代に造成されたもので、小規模な住宅用のものである。しかるに本件マンシヨンは大規模な鉄筋コンクリート造りの建物であるから、その建築については敷地の安全を充分に確かめる必要があるところ、被申立人のした本件確認処分は、建築基準法第一九条第四項、東京都建築安全条例第六条第二項、建築基準法施行令第一四二条等に定めるところによる敷地の安全の確認をすることなくしてなされた違法な処分である。

右マンシヨンの建築がこのまま開始されると、その敷地の西側崖部の擁壁が崩れ、崖下に居住する申立人三村、同佐藤、同菊田、同松木、同加瀬らは直接生命身体財産に対して回復しがたい損害を蒙る。

また本件確認に基づく着工が昭和四五年一二月二三日までに行なわれないとすれば、本件地域は住居専用地区高度一種地区の指定を受け、本件マンシヨンは高度制限により建築できなくなり、申立人らは日照権の侵害、風害、電波障害、見下ろしによるプライバシーの侵害、急激に世帯数が増加することによる交通事情、下水道事情の悪化等の回復し難い損害を免れることができるが、右着工が昭和四五年一二月二三日より前になされてしまえば、右マンシヨンの建築は高度制限を免れることとなる。

よつて行政事件訴訟法第二五条第二項により本件確認処分の効力の停止を求める。」

と述べた。

二  被申立人の意見は別紙(二)ないし(四)のとおりであり、申立人らの反論中被申立人の意見別紙(二)に対するものは別紙(五)のとおりであり、同意見別紙(三)に対するものおよび申請の補充は別紙(六)のとおりである。

三  疎明によれば、申請外秀和株式会社は、昭和四五年三月一三日、目黒区建設部建築課に対し、同区大岡山二丁目四番二号に敷地面積を一六九六・八三三平方米とする鉄筋コンクリート造八階建の共同住宅を建設するための確認申請をなしたところ、同年一二月三日構造につき八階建を六階一部七階建として被申立人より確認されたことが明らかである。

四  被申立人は本件の本案の訴えにつき、申立人らには訴えの利益がないとか、或いは必要な審査請求の手続を経ていないとかの点を指摘し、これらを論拠として本件申立ても失当である旨主張する。たしかにこれらの点について、問題がないわけではないが、本件の審査にあたつては、ことがらの性質上一応これらの問題についての判断を留保し、まず申立人ら主張にかかる損害の点から判断することとする。

五  申立人らは秀和株式会社が右確認に基づいて共同住宅の建設に着手すると回復の困難な損害を蒙ると主張し、その具体的な原因として、(一)敷地西側の擁壁が崩れること、(二)日照が妨害されること、(三)風害をうけること、(四)電波障害をうけること、(五)見下ろしによるプライバシーの侵害をうけること、(六)急激に世帯数が増加することによる交通事情、下水道事情の悪化および(七)その他工事に伴う震動、騒音による損害を挙げるので、以下この点について判断する。

(1)  擁壁について

疎明によれば、従来本件敷地の西側の崖に設置してあつた擁壁は、昭和三三年に崩壊したため、同年四月に、右土地の前所有者である申請外高砂交通株式会社が建築確認申請をなし、同年五月二日に確認を得て築造した鉄筋コンクリート造りのものが現在の擁壁であつて、当時から昭和四五年一一月頃に至るまで、この擁壁に接して本件土地上に鉄骨造り一部鉄筋コンクリート造り二階建の駐車場、休憩所、事務所、車庫等が築造されており、駐車場の一階には二〇台ないし二五台、二階には二五台ないし三〇台の駐車が可能であつたこと、本件マンシヨンは地下一五米の深さに達する四〇本のアースドリルピアー杭によつて支えられ、建物の重圧は、この杭を通して直接地下深部の東京礫層と称せられる堅固な砂層ないし砂礫層に伝えられ、擁壁に対しては、なんら重圧を与えないものであること、尤も昭和四五年一二月一四日に行なわれた首都整備局建築指導部の係員らの調査によれば、設計上、擁壁に一番近いピアー二本のうち一本が、擁壁の底部に少しふれることとなるのが明らかとなつたため、その部分の設計を変更し、現在の本件マンシヨンの設計では、ピアーはすべて擁壁に対し全く影響を与えないものとなつていること、を認めることができる。してみれば、本件確認にかかる以上のごとき建設計画の施行によつて、敷地西側の擁壁が破壊され、付近住民に対して生命、身体等の危険を及ぼすような懸念があるとはいいがたい。

(2)  日照の妨害について

疎明によれば、本件マンシヨンの北側は、敷地の境界まで、五米八〇糎ないし六米五〇糎の余裕を残し、さらにその先には巾員五米二〇糎の道路があるので、日陰が一番長くなる冬至を中心とする一ケ月間の近隣に対する日照の妨害は、最も大きな影響を受ける申立人中込方建物の西側部分で日中約三時間余り日陰となる程度であることが認められる。してみれば、右限度の日照の妨害では、いまだこれを回復の困難な損害という程重大なものとはいいがたい。

(3)  風害について

本件マンシヨンの建設によつて風害が生ずるか否かについては、これを肯認するに足りるなんらの疎明もない。

(4)  電波障害について

疎明によれば、本件マンシヨンの建設によつて生じうる電波障害中テレビの受信障害については、秀和株式会社が地元住民に対し同社の費用で共同視聴アンテナを設置することを確約していることが認められるので、右損害は回復困難なものということができない。そして、その他の電波障害による被害は、これを認めるに足りる疎明がない。

(5)  見下ろしによるプライバシーの侵害について

疎明によれば、本件マンシヨンは付近家屋と法律上必要とされるに充分な距離を保つような位置に設計されていることが認められ、反対に、どの程度までマンシヨンの住人によつて付近居住者たる申立人らの日常生活が見おろされるに至るかについては、具体的な疎明はない。してみれば、結局マンシヨンの住人から見下ろされることによつて、申立人らが社会生活上受忍すべき限度をこえたプライバシーの侵害を受けるとは、いまだいいがたい。

(6)  世帯数の増加による交通事情、下水道事情の悪化について

疎明によれば、本件マンシヨンの敷地は、従来は高砂交通株式会社が使用し、同会社および申請外日東自動車整備株式会社の従業員ら合計一七八名が勤務していたこと、一方本件マンシヨンの入居予定者数は約二〇五名であることが認められるので、世帯数の増加によつて交通事情、下水道事情が著しく悪化するものとは推定しがたいのみならず、下水道に関しては、秀和株式会社が地元住民との話合いにおいて、昭和四五年一二月三日付で、排水等について許容量を充分にとり、溢水等のおそれのないようにし、更に、浄化槽については一年間に一回の清掃をする旨確約していることが認められるので、付近住民に対する損害の発生の可能性は極めて少ない。

(7)  その他の損害について

本件確認をうけた設計計画による工事から生ずべき震動、騒音等による付近住民に対する影響が、通常の社会生活上受忍すべき限度をこえたものであることを認めるに足りる疎明はない。(なお、工事中の施行者の過失等に基づく事故は、もともと本件確認の適否とは全く無関係の事実であるから、ここで論議されるべきことではない。)

六  以上のとおりであつて、結局、本件申立ては、申立人らの蒙る回復の困難な損害についての疎明がないことに帰するというほかはない。よつて、その余の判断をまつまでもなく、本件申立てはその理由がないことが明らかであるから、これを失当として却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用したうえ主文のとおり決定する。

(裁判官 高津環 小木曾競 海保寛)

別紙(一)〈省略〉

別紙(二)

意見書

申立ての趣旨に対する答弁

本件申立てを却下する。

申立て費用は原告らの負担とする。

との決定を求める。

被申立人の主張

第一本件建築予定地の位置及び環境等について

一 本件建築予定地の位置及び周辺地の状況

本件建築予定地は目黒区大岡山二丁目四番二号に所在し、東京急行目蒲線と同田園都市線との交差駅である大岡山駅から西北方向へ徒歩約五分(約四~五〇〇メートル)で、都心への通勤に至便な位置にある。

本件建設予定地の南東側に当る大岡山駅前周辺地は、繁華な商店街となつており、南側及び西側にかけては緑地帯及び文教地区の指定がなされた地域があり、東京工業大学の校舎寮及び目黒区立第一一中学校等が東京急行の路線や目黒川をはさんで散在している。また、北側及び南側は平坦な住宅地域となつている。

本件建築予定地及び周辺地は、目黒川岸地域から東方へ坂をのぼつた台地上にあり、西側を斜面とする眺望の開けた住宅地となつている。現在、住居地域・第九種空地地域・第三種容積地区・準防火地域・第一種文教地区の指定がなされている(住居専用地区ではない)。

二 本件建築予定地の形状及び附近地の状況

本件建築予定地の地積は、約一、六九六・八三三平方メートル(約五一三・三坪)で、西側約三九・九メートル北側約四一六メートルのほぼ正方形をなしており、二方で道路(東側六メートル、北側五・二メートルの幅員の舗装道路)に接している。

近隣には、木造・簡易耐火造または鉄筋造などの住宅が多いが所々に鉄筋造六階建高層共同住宅なども散見される。

第二事件の経緯

申立外秀和株式会社(以下「秀和」という)が、(仮称)秀和大岡山レジデンス(以下「本件建物」という)の建設を目的として提出した建築確認申請を、被申立人が確認するまでの経緯及びその後の情況は以下のとおりである。

一 昭和四五年三月一三日に、秀和は本件建物の計画につき、建築基準法第六条にもとづく建築確認申請書を目黒区建設部に提出し受理された(受理番号目黒区建設部建築課受付第三八八号)。

右確認申請に係る本件建物の位置・規模・構造・用途等は次のとおりであつた。

(一) 位置 目黒区大岡山二ノ四ノ二

(二) 規模 敷地面積 一、六九六・八三三平方メートル

建築面積   七六六・六九五平方メートル

延面積  五、〇八九・六三一平方メートル

(これは、計算上のミスで、のちに五、〇九〇・二四一平方メートルと訂正)

(三) 構造 鉄筋コンクリート造 八階建

(四) 用途 共同住宅

(五) 高さ (高度地区指定による高度制限は軒高によつて決定する)。

軒高    二二・五五メートル

最高の高さ 三三・一メートル

二 右申請に係る計画は昇降機を有する等その構造において、東京都で確認すべき建築物に関するものであり(建築基準法施行令第一四九条第一項第九号)、目黒区としてはただちに都の首都整備局建築指導部に書類を送付すべきものであつたが、本件建物については従来から地元住民の建設反対運動があり、その調整をはかるため送付が遅れる旨都に対して連絡した。

三 同年三月一九日になつて、地元の町会長である申立外安部富雄と申立人三村武雄が陳情のため都の建築指導部を訪れた。その陳情の内容は、主として本件建物の建設予定地が第一種高度地区指定をうけるよういま運動しているので、建築確認をしないでほしいというもので主として日照に関する苦情であつた。これに対して、都の田辺建築主事は、建築主に対して行政指導をする旨を約し、即日、秀和に対し、地元住民との話し合いをするよう連絡した。

四 同年三月二三日に都議会の企画総務首都整備委員会において、地元住民から提出された本件建設予定地を含む地区を第一種高度地区に指定してほしい旨の請願が受付けられた。

五 その後目黒区側と地元住民との話し合いがつかず、また確認の法定期限も迫つてきたので同年四月三日にいたつて、目黒区から都に対して本件建物の建築確認申請書類が送付されてきた(受理番号、首都整備局建築指導部指導第二課受付第三〇号)。

六 そこで、都においては、ただちに本件確認申請書類を審査した結果、「延焼のおそれのある部分が不明確である」「直通階段・避難階段の構造に不備の点がある」等の不適正な点を発見したので、同年四月六日付で秀和に対して、中断通知(建築基準法第六条第四項)を送付した(この中断事由は、その後同年一〇月中旬にいたつてすべて訂正された)。

七 同年四月一五日に、申立人三村が都建築指導部に陳情のため再度来訪し、その内容が前回と同様のものであつたので、都の山崎係長は、即日秀和に対し、話し合いが行なわれていないようだから、もつと積極的に話し合いの機会をもつように連絡した。

これに対し、秀和の五十畑建築部長から「話し合いに行つても、申立人三村があつてくれないので安部町会長を通じて話し合いを進めている。」旨の回答があつた。

八 同年六月二日に申立人らが、かねて都議会の企画総務首都整備委員会に提出中であつた高度地区指定の請願が同委員会で採択された。

九 同年六月八日に申立人らは都議会に対して高層住宅建設反対の請願を提出したが、これは現在まで採択されず保留となつている。

一〇 同年七月一一日に申立人三村が都を訪れ、本件建物について三階建以下でなければ認めないとの申入れを行なつた。

一一 その後も、地元住民と秀和との話し合いはつづけられたが、国勢調査等で安部町会長が多忙になつたためとくに進展することもなく時日を経過した。

一二 同年一〇月二六日にいたつて、第一種高度地区指定についての新聞発表がなされ、本件建物の建築予定地もこの地区に指定された。

一三 その後、同年一〇月下旬頃に申立人三村が都を訪れ、右高度地区指定がなされた以上、本件建物の建築確認をしないようにとの陳情をしたが、都の田辺建築主事は、未だ高度地区指定の告示がなされていない以上、本件建築確認も行なわざるを得ない旨を伝えた。

一四 同年一一月二日にいたり、都においては、本件建設予定地が第一種高度地区に指定されること、地元住民の意思が本件建物の建設に反対である趣旨を秀加に伝えるとともに、何らかの譲歩をするように連絡した。

一五 同年一一月七日に秀和から都に対して、本件建物の建築確認を急いでほしい旨の通告書が送達された。

一六 同年一一月一〇日になつて、秀和から都に対し、当初の計画を変更して本件建物のうち八階の北側の一部をけずつても良い旨の連絡があつたので、都の山崎係長は秀和に対し、すぐに地元住民の諒解をとるように指示をした。

一七 同年一一月一三日に秀和は、東京都建築審査会に対し、都が本件建物について法定期間(二一日間)内に建築確認をしないことを不服として審査請求書を提出し、同月二〇日の同審査会で受理することが決定された。

一八 同年一一月一九日になり、秀和からさらに本件建物の八階部分を全部除去して、七階建にする旨の譲歩案がだされたので、都の田辺建築主事は、即日申立人らに伝えるよう指示したところ、申立人らは、あくまで、三階建までのものしか認めないということで話し合いがつかなかつた。

一九 同年一一月下旬頃、秀和および株式会社浅沼組は連名で地元住民の代表者としての安部町会長あてに覚書を送付し、工事中の騒音防止、作業時間、電波障害、風紀上の問題等について、善処する旨を伝えた。

二〇 同年一一月三〇日に、申立人栗山欣三ほか二名が都を訪れ大沢係長らに陳情書の写しを手渡し、本件建物の敷地の地盤が軟弱であり、本件工事にともない家屋倒壊等の危険が生ずるので、その安全性を確めないうちは、建築確認をしないようにとの申入れをした。これに対し、大沢係長は、本件建物の設計では基礎杭が良質な支持層まで深く届いているので安全であり確認をするに当つての障害とはならないことを回答した。

二一 同年一二月二日にいたり都においては、秀和および本件工事の施工者である株式会社浅沼組の代表者と申立人三村外十数名をあつめ最終的な話し合いの機会をつくり、四時間にわたつて折衝が行なわれたが、秀和側の再度の大幅な譲歩にもかかわらず申立人らの了解をうるにいたらなかつた。この話し合いの内容は、およそ次のとおりである。

(一) 本件建物の北側の一部を六階建とすること。

(二) 工事着工後も付近住民の擁壁等の不安をとりのぞくため、学識経験者にその安全性について調査を依頼する。この調査の内容によつては、都の建築指導部長が工事を中止させることができること。

(三) 後日、擁壁の崩れ、建物の破損等が本件建物の工事によるものであるかどうかの争いをさけるため、着工前に両者立会いの上写真をとり互いに一部づつ保有すること。

(四) 排水等については、溢水のおそれのないようにし、浄化槽については一年に一回の清掃をすること。

(五) 工事中の騒音、交通障害、危険物落下等について充分配慮し、また工事用車輛の運行については速度制限、徐行等をすること。

以上の内容では、結局申立人らの了解をえられなかつたのであるが、都では、これを覚書として秀和に提出させその誠実な履行を求め、秀和もこれを諒解したので申立人らにも右覚書を交付することを約し、同月一〇日に申立人寺沢慎らにこれを交付した。

二二 同年一二月三日にいたつて、都では最終的な態度を決すべく充分検討した結果、申立人らとのこれまでの話し合いにより秀和も大幅な譲歩をしていることでもあるし、これ以上確認をのばすことは法的にも問題があるとの結論にたつし、同日付で本件建物の建築確認処分をしたものである。

最終的に、右確認の対象となつた本件建物の計画は、次のとおりである。なおカツコ内は秀和の譲歩によつて当初の計画に比べて減少した部分である。

(一) 位置 目黒区大岡山二ノ四ノ二

(二) 規模 敷地面積 一、六九六・八三三平方メートル

建築面積   七六六・六九五平方メートル

延面積  四、五一八・〇七三平方メートル

(△五七二・一六八平方メートル)

(三) 構造 鉄筋コンクリート造 六階一部七階(△一・五階)

(四) 用途 共同住宅

(五) 高さ 軒高    二〇・五五メートル(△二・〇〇メートル)

最高の高さ 二八・六五メートル(△四・四五メートル)

さらに、本件建築確認にあたつて、被申立人は、秀和に対し前述した覚書の完全履行を求めるとともに、今後とも引き続き付近住民との話し合いを継続することを約する念書をとつて、申立人らの心情に対する配慮をしたのである。また本件工事の着手にあたり、基礎杭の一部が既存擁壁の底盤にあたるかどうかを事前に調査するよう秀和に対して口頭で指示をした。

二三 同年一二月五日にいたつて、覚書にある学識経験者の調査を委託するにあたり、申立人らが都に斡旋を求めてきた。そこで、都においては四人の学識経験者を推せんし、地元住民の代表者として安部町会長がその人選を一任していた目黒区の加藤建築課長と相談の上、そのうち早稲田大学理工学部の松井源吾教授が適当であると判断した。そこで、秀和は、本件工事が付近の地盤および擁壁にあたえる影響に関する調査を同教授に依頼した。

二四 同年一二月九日、右依頼にもとづき、早稲田大学理工学部建築学科松井源吾研究室では現場において建築指導部と地元住民の立会いのもとに調査を行なつた。その内容は、工事用トラツクの一番大きな車に土を満載したもの、さらにミキサー車等を実際に運行し、変移計を用いてそれが地盤、擁壁に及ぼす影響を調査したものである。その調査結果は、同月一四日にいたり右研究室より提出されたが、それは、地盤、擁壁に危険性がないと判断されている。

さらにこの調査結果について都の建築指導部の職員が、即日、建設省建築研究所の小泉技官に意見を求めたところ、地盤、擁壁に及ぼす影響は少ないだろうとのことであつた。

二五 同年一二月一〇日に、申立人寺沢慎ほか四人が都を訪れ〈1〉本件工事の工程表を提出されたい〈2〉既存の擁壁の基礎に杭があたるのではないか調査してほしいとの申入れがあつたので、即日その旨を秀和に連絡した。

二六 同年一二月一一日に申立人らは、秀和に対し工事の中止等を求める仮処分申請(東京地方裁判所昭和四五年(ヨ)第九四四五号)を東京地方裁判所へ提出した。その後、同月一四日に右仮処分申請の審尋が行なわれ、その結果裁判所より申立人らの擁壁が崩壊する危険が生ずるという主張については具体的な疎明資料が不充分であるから、もし資料があれば同月二一日までに用意するようにとの指示があつた。また、その際秀和は既に同月一〇日に整地、繩張り等の工事に着手していたが、裁判所では工事の続行を認めたとのことである。

二七 同年一二月一四日に、前述した申立人寺沢らの申入れおよび確認にあたつての被申立人の指示にもとづき本件工事の基礎杭が既存擁壁の基礎にあたるかどうかを調査するため、秀和の依頼により株式会社浅沼組が地元住民立会いの下に擁壁の一部の土をとり除き、擁壁の基礎まで堀つてみたところ、擁壁の底盤の幅が同一ではなく、広い部分の一部が杭のうちの一本と一五センチメートルだけ触れることが判明した。そこで、秀和および設計者である株式会社浅沼組は本件建物の基礎杭のうち、擁壁の底盤と牴触する一本とそれと平行する杭について杭心をそろえるために他の杭の一本、合計二本について杭心を変える旨の建築基準法第一二条第三項にもとづく報告書をただちに被申立人あてに提出した。

二八 なお、秀和では、その後も工事を進め本月一七日現在整地を終え、杭を四本築造し、いまも杭の造成作業が進められているが、付近住民によるものと思われる工事妨害(地繩の撤去、工事用機具の破損、工事用車輛の運行妨害等)によつて、工事に支障があるとのことである。

二九 本件建物の建設予定地を含む、第一種高度地区の指定の告示は、同年一二月二二日に行なわれ、即日施行される予定である。

第三訴えの利益

一 申立人らは、がけ崩れ、日照その他の被害をこうむるとして本件建築確認処分の取消しを求めているが、右訴えは次の理由で訴えの利益を欠き不適法である。

(一) 申立人らは、本件建築確認処分の対象者でないので、本件建築確認処分取消しの訴えを提起する具体的な法律上の利益を有せず、原告適格を欠くものである。(熊本地裁昭和四〇、一一、四判決行裁例集一六巻一一号一八六八頁。)

(二) また、本件建築確認取消しの訴えは、建築基準法第九四条第一項、第九六条、行政事件訴訟法第八条第一項但書により建築審査会への審査請求前置を要するものである。しかも、建築審査会は、行政不服審査法第三四条第三項により執行停止をなしうるのであるから、申立人らは、「処分の執行により生ずる著しい損害をさけるため、緊急の必要性がある」(行政事件訴訟法第八条第二項第二号)といえず、ただちに訴えを提起する法律上の利益を有するものではない。

(三)(1) 確認処分の性質からいつても、申立人らは、確認処分取消しの訴えを提起する利益を有しない。

確認処分の性質に関しては、次のような判例がある。

「建築許可は、建築法令に基いて当該敷地に建築行政上支障がないと認められる場合に為される行政処分であるから建築申請の土地が現実に存在し、且つその敷地への建築が関係行政法規に牴触しなければ、当該敷地に関する私法上の権利関係について実質的な審査をする迄もなく、建築許可はそれだけで有効に成立するのであつて、この場合当該敷地に関する私法上の権利関係は建築許可の効力に直接の関係がないものと解する。」(東京地裁昭和二四、七、四判決、建築行政実例判例集一二六二頁。同趣旨、東京地裁昭和三九、二、二六判決、判例タイムズ一五九号四六頁。)申立人らは、本件建物の建築により、日照その他の被害をこうむるから確認が違法であるとするが、もともと確認処分にあたつては、建築主事は、申請に係る計画が建築法規に適合しているかどうかを判断すれば足り、その余の法令不適合を理由として確認を拒否することは許されない。そして、日照の被害については、建築基準法令の規律するところではない。このような問題の解決は、もつぱら建築主と日照の被害を受ける者との間の民事紛争にまかされているのであつて、少なくとも日照等の被害をうけることを理由として、本件確認処分の取消しを求めるのは筋ちがいであり、法律上の利益を欠く不適法な訴えである。このことは、次の判例によつても明らかである。すなわち「確認の対象は、建築基準法第六条による建物の敷地についての衛生、安全等の技術的規制の条項に限られ、民法の相隣関係の規定に適合するかどうかは確認の対象となる事項に含まれないから、当該建築物の敷地について相隣関係を有する第三者は、民法の定める相隣関係の規定に違反することを理由として、右確認処分の取消しを訴求する法律上の利益を有しない。」(大阪地裁昭和三一、一〇、三一判決、行裁例集七巻一〇号二五三一頁。)従つて、かりに日照その他の被害をうける者があつたとしても、建築確認処分は違法となるものではない。

(2) 申立人らは、本件確認処分が建築基準法第一九条第四項の規定に反してなされた違法な処分であると主張する。同項は、建築確認の要件として、「建築物が、がけ崩れ等による被害をうけるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。」と規定しているが、この規定はいわゆる単体規定であつて、建築確認の対象たる建物、敷地自体に関する規制であり、申請建物以外の付近の建物等に関するものではない。かりに、申請建物の工事に伴つて付近の建物等に危険を生ずるおそれがあるとしても、それは同項の関係するところではなく、建築確認がなされたのち工事の段階において、建築基準法施行令第一三六条の三第三項の規定による安全保持の問題となるにすぎない。すなわち、付近の建物等に対する危険の存否は建築主事が確認をなすにあたつて審査すべき事項には属さない。したがつて、申立人らのように単に付近の建物の所有者にすぎない者には、本件処分を争う訴えの利益はない。

二 仮りに、日照その他の被害が大きい場合には、第三者にも建築確認処分取消しの訴えの利益が発生するとの理論をとつたとしても、以下の理由により本件建物による日照その他の被害は軽微であり、従つて、申立人らの本件建築確認処分取消しの訴えは訴えの利益を欠く不適法なものである。

(一) 日照について

申立人らは、訴状において、「本件建物は敷地いつぱいに、かつ、当初は八階建として建築申請されたため、その巨大な蔭によつて先住する一帯の低層住宅から日照を奪うことが予測される。」と主張する。

しかし、本件建物の建築確認申請は、最終的には七階建ての建物として申請変更されたものであり、しかも近隣に対する日照等を考えて、北側部分と西側の一部(原告三村氏宅方向)を、六階建てとして、建築申請変更があり、それに対して建築確認処分がなされたものである。

しかも、敷地いつぱいに建物を建築するものとして建築申請がなされたわけでなく、敷地は北側に約五―六メートル、南側に約四―八メートル、東側に三、五メートル―一〇メートル、西側に二、三メートル―八メートルの余裕を残して建てられる予定である。

そして、建築確認申請どおりの建物が建築された場合、最も日蔭が長くなる冬至を中心とする一ケ月間の近隣に対する日照の影響は、最も影響を受ける中込邸西側部分でも、一一時から一四時まで三時間日蔭になるにすぎない。しかも、それ以外の月では、日蔭になる時間は、はるかに少くなるのである。他の原告らに対する影響も最大限二時間位の影響を与えるにすぎない。そして、夏至を中心とする一ケ月間の近隣に対する日照の影響は、本件建物による近隣に対する日蔭は殆どなく、わずかに三村邸、宮川邸の一部が最高二時間程度日蔭になるにすぎない。

(二) 風害について

申立人らは、高層大規模な建物に不可避的なものとして、強風の被害があるとする。しかし、本件建物は、高さ二〇、五五〇メートル(パラペツト部分迄含む。)、パラペツト部分を除いた最高の高さは、十九、八五メートルで、広さは約二〇〇平方メートルにすぎない。六階の高さは一七、一五メートルで、広さは五四八平方メートルである。

一般に風害といわれるものは、霞ケ関ビルや貿易センタービルのような超高層で大型のビル周囲にたまたま起きる現象であつて、近年いわゆる超高層ビルの出現とともにはじめて問題とされるに至つたのである。

本件建物程度の高さの建築物では、風害といわれるごとき被害を生じた例がなく、従つて、風害をうけるとする原告らの請求は、根拠がない。

(三) 電波障害について

申立人ら主張の電波障害については、秀和が昭和四五年一二月五日ごろにNHKに対して本件建物建築による電波障害が起るかどうかの調査依頼を行なつている。そしてその結果電波障害があると認められるときは、責任をもつて、秀和の費用で共同視聴アンテナ等を設置するよう地元に確約しているので電波障害が起るとする申立人らの主張は理由がない。

(四) 見下ろしによるプライバシーの侵害があると主張するが、これについては次のように反論する。

民法の相隣関係の規定によれば「境界線より一メートル未満の距離において他人の宅地を観望すべき窓又は椽側を設くる者は目隠しを附することを要す」ことになつている(民法第二三五条第一項)。従つて民法上は、境界線から一メートル以上離れて窓を設ける場合には目隠しを附することを要しないのである。即ち、境界線より一メートル以上離れて窓が設けられ、それが他人の宅地を観望すべき状態になるとしても、その程度では、社会生活上受忍すべきものとされているのである。本件建物は、境界線より西側部分が三村邸付近で八メートル離れており、佐藤邸付近で二、三メートル離れている(佐藤邸付近の本件建物の窓ガラスはスリガラスとする予定である)。そして東側部分では、六メートル道路の幅員を含め、野口邸付近で一八メートル離れており、同じく宮川邸付近で九、五メートル離れており、南側部分では、猪邸付近で九メートル、菊田邸付近で四、五メートル、北側部分で、五メートル道路の幅員を含め、寺沢邸付近で一二、五メートル、中込邸付近で、一一、八メートル離れている。従つて、プライバシーについては、充分の配慮がなされているのであつて、申立人らの主張は理由がない。

(五) 申立人らは、急激に世帯数が増加することによる交通事情の悪化、下水道事情の悪化により、付近の住民に被害を与えることが予測されるとする。

本件建築予定地は、従前、申立外高砂交通会社がこれを所有し、タクシー営業を行なつてきたものであり、当時、従業員、社員が常時約一八〇名寝とまりし、自動車を約七五台保有していた。

これに対し、本件建物が完成した暁における入居予定者は約二〇五名であり、急激に人数が増加するということはない。

また、下水関係についていえば、昭和四五年一二月三日付で本件建築予定物建築主である秀和株式会社が、浄化槽(三五〇人槽)を備えつけ、更に、住民に対し「排水等については許容量を充分にとり、溢水等の恐れのないようにし、更に浄化槽についても、一年一回の清掃をする」旨の覚書を住民に交付している。

また、交通事情についていえば、従前申立外高砂大岡山交通会社の所有地であつた当時、本件土地には多数の車が出入りしていた(車台数七五台、全車稼動)。本件建物は、大岡山駅に近く至便な土地であるので、入居予定者(中堅サラリーマン層を予定)がすべて車を必要として所有するものとは思われない(駐車場予定台数八台)ので、本件建物完成により交通事情が悪化するものとはとうてい考えられない。

むしろ、申立外高砂交通会社が移転したことにより、近隣を通行する自動車の台数は減少することになり、騒音、車の排気ガスの影響は、かえつて少くなるものである。特に、夜間の車の交通量は、夜間タクシー営業をした高砂交通会社の移転により、従前とくらべて非常に少くなるものと予想される。

(六) 工事関係(騒音、震動)について

原告らは、工事の擁壁に対する影響から、擁壁崩壊の危険があるむね主張するが、これについては擁壁が安全であることを後に論証する。

又、工事中の騒音、震動が付近の住民に被害を与えることになかどうかについて以下検討する。

(1) 騒音について

本件工事現場にはブルトーザー、コンクリートミキサー車等が入るが、秀和は、工事中は騒音について充分配慮することとし、住民に対し前記覚書を交付している。従前から、車の出入りが多い場所柄工事中の車による騒音は通常よりも多少大きくなるとしても、社会的に受忍すべき限度をこえるものとはいえない。

又、基礎杭はアースドリル工法(のちに詳述する)を採用し、極力、騒音の発生を避けるようにしている。この工法は、騒音規制法にもとづく特定建設作業の適用がない程騒音の少いものである。

(2) 震動について

ア、車両等の震動について

前記松井教授の調査報告によると、「工事用トラツク生コン車の通行による地盤の振動はあまり大きくない。」との報告がなされている。

即ち、通常の構造物の設計に対する規定(震度〇、二、やゝ強度の地震にたえうる程度の震度、建築基準法施行令八八条)の約1/14であり、非常に振動は小さいものである。

又、前記報告書についての前記小泉技官の意見でも、振動による擁壁その他に対する影響は少ないと考えられるとしている。

イ、工事による震動について

前記の如く、アースドリル工法をとつているので、工事による震動は、付近の住民に対してほとんど影響を及ぼさない程度のものである。

(七) 擁壁について

申立人らは、本件土地の西側に設置されている擁壁が低層軽量の建物のみを予定した擁壁であるから、建築基準法第一九条第四項に規定する「安全上適当な措置を講じなければならない」場合に該当するにもかかわらず、これの確認を怠たることにより、右措置を講ずることなく被申立人がなした本件建築確認処分は違法であると主張する。

しかし被申立人は、右擁壁の状況が現状より不利にならないと判断したうえ本件建築確認処分をしたものであり、申立人らの主張は以下述べるところから明らかなとおりまつたく理由のないものである。

(1) 一般に建築主事が建築確認をするに際し、既存擁壁があり、かつ、当該擁壁より上部に建築する場合には、建物の重量が擁壁に与える影響を考慮し、擁壁に影響を与えないように措置させるのが通常である。したがつて、かりに本件建物が、ピアを使用せずに擁壁の近傍に直接上部の地盤の地耐力だけで支持する設計となつているものであれば、当然その圧力が擁壁に影響するので、付加荷重に対する擁壁の安全性の再検討が必要となる。しかしながら、本件では擁壁よりさらに下層にまでピアを下して(地表より一五メートル)直接硬質層(東京砂礫層)で支持する設計となつており、ピアで建物の重量を受けることになるので、建物の重量が擁壁にかかつて影響を与えることはまつたく考えられない。

また、右擁壁は、昭和三三年に新設された鉄筋コンクリート造りの構造を有するものであるが、右擁壁に接して本件土地上に昭和四五年一一月ころまで鉄骨造一部鉄筋コンクリート造り二階建車庫が建築されており、かつ車庫の各階には、乗用自動車合計約五〇台が駐車していた。したがつて右車庫が撤去されるまではこれらの重量が土圧に加算されて右擁壁にかかつていたのである。ところが現時点に於ては、右車庫等の重量が除かれ、新たに建築する建物は前述のとおりのピアで支えることになるから、この点からみても右擁壁にかかる力は従前より減ずることはあつても増加することはありえない。

被申立人は右事実のほか、建築する建物の位置、擁壁の構造、高さ等を総合して東京都建築安全条例六条二項二号に該当するものと判断して本件確認処分を行なつたのである。したがつて、申立人らが都に赴いた際、建築指導部指導第二課の大沢係長が顔色を変え、独語したというような事実の存在するはずがない。

なお、右擁壁の構造についていえば、壁の下部には一〇センチメートル間隔に一六ミリメートルの鉄筋が、壁の上部および基礎部分には二〇センチメートル間隔に一六ミリメートルの鉄筋がそれぞれ縦に配置してある。これは、被申立人が右擁壁と同程度の高さの擁壁を設置するに際して審査する場合の配筋基準に適合するものであつて、申立人らの主張するような軽量、低層の建物のみを予定して設置されたものでないことは明らかである。

(2) 申立人らは、右擁壁が工事中の搬入機械等の重量を支えるに足るものかどうか確認しえないと主張する。しかし前述したように、従来の本件土地の利用状況からみて、従前の右擁壁にかかつた重量に比して搬入機械等の重量がいちじるしく小さいことは明らかで、その危険のないことはいうまでもない。

(3) 申立人らは本件建物の計画によれば本件土地の崖寄り部分に合計四二本の穴を堀ることになると主張するが、ピアを配置する場所は基礎伏図のとおりであつて、ピアの数は四二本ではなく四〇本であり、しかも崖寄りにすべてを配置するものではない。このピアは、アースドリル工法〈注〉によつて施工するものであつて、いわゆるデイーゼル・ハンマー工法の如く打撃によつて打込むものではないから、振動等による右擁壁への影響のないことはもちろんのこと騒音の心配もなく、きわめて安全性の高い工法である。

〈注〉 アースドリル工法とは、従来の既製パイルの打撃による工法とは異なり、振動、騒音防止のための工法として開発されたもので、地盤にゆるみを生じさせないことがその特徴の一つである。その施工法は、円筒形の穴を機械力(ドリル)によつて堀削し、その中に鉄筋を挿入したうえコンクリートを流し込むことにより現場でコンクリート杭を造成するものである。ドリルは回転式バケツトドリルを使用し、バケツトを回転させ、バケツトの底にある堀削刃によつて削り取られた土を地上に引き上げて排土し、これをくり返して堀進する。わが国においては、昭和三五年ころから使用され始め、その使用例は年々増加の一途をたどつている。この工法の安全性については静的な耐力算定計算によつて数値を決め、最初のころは基礎構造設計規準(日本建築学会制定)に基づいた載荷試験を行なつて、その数値計算を裏付けていた。それらの積重ねによつて東京都の内規としては直径一メートルのピアであれば、一本のピアにつき標準耐力は二〇〇トン(載荷試験を行なう場合は二五〇トン)としており、その安全性は、この工法に対して一般設計者はもちろん建築学会関係者からも異論を受けていないこと、この工法が開発されてから一〇年も経過しているのに特別な支障があつたこともないことからきわめて安全性が高く、すぐれた工法ということができる。

(4) 申立人らは、右擁壁の底部がピアにふれて破壊され、擁壁自体が崩壊するおそれがあると主張する。念のため秀和で擁壁付近を堀削して調査したところ、右擁壁の底部の先端は、右擁壁の本件土地に接する点から一、五八メートルのところにあり、右擁壁にもつとも接近するピア二本のうち一本の位置は、右擁壁の本件土地に接する点から一、四三メートルのところにあることが判明した。この場合擁壁の一部約一五センチメートルにピアがあたることになる。アースドリル工法をとつた場合、擁壁にピアがあたつた場合には、擁壁が傷つくより前に、機械が作動しなくなるから別段危険は生じない。しかし、秀和では、念のため万全を期する意味でただちにピアの位置を本件土地に接する点から一、七八メートルのところに変更し、その旨被申立人に対して報告した。ちなみに、右擁壁の底部が建築物の杭にあたる等の事情で当初の計画の軽微な変更が必要となつたときは、直ちに工事監理者等は安全なように計画を変更して施行させると共に、遅滞なく建築基準法第一二条第三項により建築主事あてその旨を報告することが例となつている。

(5) 申立人らは、右擁壁は設置後一二年を経過し、ところどころ亀裂が生じており、継ぎ合わせてあるから、この継ぎ目部分から破損する心配があると主張する。しかし、右擁壁はさきに述べたとおりの構造を有する鉄筋コンクリート造りであるから充分に堅固であり、亀裂は単に表面上のひび割れにすぎないものである。また、継ぎ目は擁壁を堅固なものにするために建築基礎構造設計基準四五条三項で定められているものであるから不安はない。

(6) また申立人らは、本件土地の西半分は盛土したものであり、地盤が軟弱であるから基礎の穴を掘ることにより崩壊する危険があると主張する。しかし、本件土地の地盤が軟弱でないことは、専門家である株式会社東京ソイルリサーチが作成した土質調査報告書の記載からも明らかである。すなわち、右報告書によれば本件土地のうち右擁壁に近い部分は、

表土(瓦れき)  七〇センチメートル

ローム      八〇センチメートル

砂質ローム   二〇〇センチメートル

の地層があり、右ローム層のN値(注)が三ないし五であるところからみて、上部のロームは建築基礎構造設計規準第五六条によるローム層のうちのやや堅いものに属し、長期許容地耐力一〇(一平方メートルにつき一〇トンを与えることを意味する。ちなみに、鉄筋コンクリート建物の重量は、住宅では一層につき通常一平方メートルあたり最大値一・二トン程度である)の地層と認められるのであるから、軟弱な地盤ということはない。しかも本件建物は右の地盤にピアなしで直接建築するものではなく、前述したように地表より一五メートル付近の固い支持層である「砂礫層」に達するピアを立てこれにより建物を全面的に支えるものであるから、本件建物の安全性は地盤の軟弱性とはまつたく関係がない。さらにピアは前述したアースドリル工法によつて築造するものであり、右工法の特徴が地盤のゆるみをおこさず軟弱な土質を崩壊することがないところにあるのであるから、申立人らのこの点に関する主張もまつたく理由のないものである。

(注) N値とは、標準貫入試験における三〇センチメートルの貫入に要する打撃回数である。(重錘六三・五キログラム、落下高七五センチメートル)回数が多い程硬い地層といえる。

第四結論

以上の如く、本件処分に対する執行停止の申立ては、本案が訴えの利益を欠いて不適法なものであるから、却下さるべきである。また、かりに本案について訴えの利益があつたとしても、以下に述べるとおり本件本案訴訟は理由のないことが明らかである。即ち、申立人らは、本件確認処分が建築基準法第一九条第四項に反する違法な処分であると主張しているが、前述のとおり申請建物の工事に伴なう付近建物等に対する危険の存在は建築確認の消極的要件ではないから、かりにかかる危険が存在する場合でも、建築主事は確認をなす義務があり、かような確認処分は完全に適法であつて、何ら瑕疵はないからである。もつとも本件の場合、かかる危険が全く存在しないことは前述のとおりである。

さらに、前述の如く本件擁壁は完全なものであるので、崩壊のおそれは全くなく、また、同じく日照の被害については近隣のごく少数の家の一部分が、太陽の位置の最も低い冬至時期においてさえ、最高三時間程度の被害を受けるにすぎないし、その他の被害も軽微であるところ、他方本件工事はすでにかなり進捗しており、これをにわかに停止することは、秀和側に対しいちじるしい損害を与えることが明らかであるのみならず、すでに本件建物に入居を契約ずみで一部代金を支払つた二五世帯(六二名)の人々に対し不測の大きな損害を与えることになるのである。よつて、本件執行停止を求める緊急の必要性が存在しないことは明らかといわなければない。

よつて、いずれにしても、本件執行停止の申立ては却下されるべきである。

別紙(三)

意見書(その二)

被申立人は、その意見を次のとおり補足する。

一 建替以前の擁壁のぜい弱性

申立人らは、従前の擁壁が崩壊した事実から、本件擁壁もまた危険であると主張する。しかし、従前の擁壁は、大谷石を垂直に積み上げたにすぎないぜい弱なものであつて、このような擁壁は、その構造上崩壊しやすいものである。

甲疎第五号証(写真)によれば、崩壊した従前の擁壁は、勾配が垂直であると認められるところから、何らかの契機で崩壊することも当然起り得ることである。ところで本件擁壁は、鉄筋コンクリート造りの強固なものであり、かつ、耐力を充分確保するため適当な勾配をとつているので、従前の擁壁とは全く構造上強度が異なる。従つて、従前のぜい弱な擁壁が崩壊したからといつて、本件擁壁もまた崩壊の危険があるかのような見解は全く根拠がない。

二 申立人ら提出の「擁壁の安全性に対する考察」と題する書面について

(一) 土圧の算定について

申立人らは、土圧算定の基礎数値として土圧係数〇・五としているが、この数値は誤りであつて、正しい数値は〇・三三である。したがつて、申立人らの主張する最大土圧の範囲が誤りであることはいうまでもない。

(二) 施工時における側圧の増加について

申立人らは、施工時の機械の自重等により、擁壁に対して八―二〇トンの側圧荷重が増加すると主張するが、これは全く誤りである。すなわち、前項の最大土圧範囲の単位は、一平方メートルあたりの数値であるのに対し、側圧荷重算定にあたつては、機械そのものの重量を基礎とし、機械の底面積を全く考慮にいれていない。換言すれば、両者の単位が異なるのであるから、比較することのできないものをあえて比較しているものであつて、その主張が誤りであることは明らかである。

ちなみに、工事に際して最も擁壁に接近する場合、擁壁の内側の点から六・二八メートル離れた地点にアースドリル堀削機(三三トン)を設置した場合の擁壁に及ぼす影響は、建築基礎構造設計規準第一五条、第一八条に基づいて求めた値は一平方メートルにつき〇・二~〇・四トンで全く問題がない。他の機械は、右の堀削機より軽く、しかも擁壁から、さらに離れた地点に設置されるから影響を与えることはない。

(三) 地震時の建物の変位について

本件建物の設計によれば、地震時に本件建物が受ける横力は、基礎梁の土圧抵抗に負担させることになつており、アースドリル杭には期待しなくても安全性を確保しうることになつているから擁壁には影響を与えることはない。

申立人らは、地震時の建物の変位を算定する基礎数値として地震々度及び地盤係数をいずれも〇・五としているが、これはいずれも誤りである。すなわち、震度については、建築基準法施行令第八八条によれば〇・二とされており、また地盤係数については、本件土地のボーリング結果の資料から判断すれば一・〇とするのが妥当である。したがつて、申立人らが以上の数値を基礎として算定した変位九・五センチメートルという数値は全く誤りであり、正しい数値に基づいて算定した変位はわずか一・八センチメートルにすぎないのである。

別紙(四)

意見書(その三)

一 建築確認処分の性質と法第一九条第四項

建築基準法(及びこれに基づく命令・条例)は、建築物及び敷地に関する基準を定める法令である。その定める建築制限規定は個々の建築物及び敷地のあるべき状態を、いわば微視的に規定する単体規定(第二章)及び都市計画の観点から行なわれるいわば巨視的な規制である集団規定の両者から成る。

確認処分は、建築主事という建築の専門家が、申請に係る建築物の計画が単体規定及び集団規定から成る技術的規制の条項に適合することを判断した結果の表示であつて、準法律的行政行為の一種であり、覊束処分である。(山口地岩国支判・昭和三六・二・二〇下民集一二・二、三二〇頁)従つて建築主事は、確認申請が客観的に前記の技術的規制に合致している場合には必ず確認をなす義務があり、確認をするしないの裁量を有するものではない。

このように建築確認という処分は、当該計画が限定された範囲の法令に適合していることを示すのみであり、それがなされたからといつて、当該建築物があらゆる法令に照らして適法であり、建築することが支障ないということを意味するものではない。

従つて、建築確認がおりた場合でも、他の行政取締法規や隣人との私法的関係において建築が不可能なことも当然ありうる。

たとえば建築確認にあたつては、申請人が敷地使用権を有するか否かは審査の対象とならないから、使用権者でない者に対しても確認処分がなされることもありうるのであるが、かゝる確認も完全に有効である。(東京地判・昭二七・六・二五行裁集三・五)ただ申請者が使用権を取得しなければ実際には建築できないだけのことである。

このように、建築確認処分は、あくまでも申請建築物それ自体の限定された範囲における技術的規制適合性の判断であるから、周囲に存在する他の建築物や人畜に対する被害や危険の可能性の有無のごときは、判断の対象に含まれない。たとえば、申請建物敷地の周囲の擁壁がぜい弱な場合、そのために申請建築物自体が危険であり被害の恐れがある場合には、一九条第四項により、これを是正しないかぎり、確認の要件がみたされないけれども、申請建築物自体が危険でないかぎり、確認はなされうるし、又、なされねばならない。そして、隣人に対する危険は、確認の段階で、チエツクされるのではなく、(そのような規制は基準法令上存在しない。)工事の段階で工事現場の危害の防止という観点からチエツクされる(建築基準法施行令第一三六条の三)、また、私法上隣人の側からの民事事件として処理されるのである。この場合建築工事に先だつて、建築主事は擁壁の安全保護のため必要な指示を行ないうるのであり、これを無視すれば、行政庁は、工事停止や是正措置等を命ずることができるし、(建基法第九条)代執行もでき、また、罰則の適用もある。(建基法第九九条)

確認の段階で近隣者への危険をチエツクしないことは、建築基準法の独特の技術的体系からくるのであるが、それだからといつて申立人らのおそれるように、近隣者に対する危険な事態が野放しにされているわけではないのであり、然るべき保護手段が用意されているのであり、決して、「町が危険に満ちてしまう」おそれはない。

二 擁壁の安全性について

申立人らが崩壊の危険性ありと主張する本件擁壁は、本件建物の工事中および完成後においていづれも影響をうけることなく安全であることは、既に意見書に詳述したところであるが、なお念のためその安全性について補足すれば以下のとおりである。

(一) 本件擁壁は、既に昭和三三年四月に前所有者である高砂交通が、その構築時において建築確認を得ているものである。

そして、この確認申請書類は、五年間で廃棄されるため現在存在しないが、確認をうけているということは、本件擁壁の構造が建築基準法令に適合したものであることが、当時の建築主事により審査され確認されていることを意味する。したがつて、昭和三三年当時に崩壊した大谷石造りのものと、新らたに建築確認を得て築造された現在の擁壁とは、安全性の点で同一に論ずることはできない。

(二) 本件建物の荷重は、全てピアで支えられるので、擁壁に影響はない。一般に擁壁にかかる荷重についていえば、擁壁の底部から上方に四五度の角度内の土壌およびその上にある物体の重量は擁壁に影響を与えるが、それ以外の荷重はなんらこれに影響を及ぼさないのである。したがつて、本件の場合かりに本件建物のピアの底部が、既存擁壁から上方に四五度の角度の線内に止まるほど短かいものであれば、その建物の荷重は擁壁に影響することになる。しかし、本件建物のピアは、既存擁壁の底部よりはるかに深く地下の強固な支持層まで届いているのであつて、本件建物の荷重は擁壁に全く影響を及ばさないのである。

さらに、申立人らは、地震等の振動によつて、擁壁に影響するのではないかと危惧しているようであるが、本件建物の構造は、関東大震災程度の地震力にも耐えられるものであつて、普通程度の振動によつて、ピアが既存擁壁に影響する程弱いものではない。

すなわち、本件擁壁にもつとも近い二本のピアを例にとれば、北側の一本の耐力は五九〇トン、南側の一本は四九〇トンであり、実際にかかると予想される建物等の荷重がピア一本につき二〇〇トン程度であるところから、二倍以上の余裕を残しているのである。

三 執行停止にともなう損害の発生について、

秀和株式会社に問い合せたところ、本件建物の確認が、申立人らとの折衝をつづけることによつて遅延したために、すでに、工事費等の値上り分として約三八七〇万円の損害が見込まれ、さらに、この工事が延期されたことにより、実質的な金利一億五千万円、信用失墜等の無形の損害をあわせて約二億三、三〇〇万円程度の損害が発生しているとのことである。

また、意見書にも述べたように、すでに、秀和株式会社は建築確認後、工事に着工し、入居希望者を公募して契約ずみの入居予定者が二五世帯に達している。そこで、仮りに、本件申立てにより執行停止が認められることになれば、本訴の確定にいたるまでの間に発生する損害は、莫大なものとなり、また、入居予定者らに及ぼす影響も大きなものであることはいうまでもない。

別紙(五)

反論書

被申請人提出の一二月一八日付意見書中「被申立人の主張」につき右のとおり認否及び反論をする。

第一の一 認める。

同二 本件土地の大きさ形状については認める。

但し秀和は、別件の仮処分事件(東京地裁昭和四五年(ヨ)第九四四五号)において被申請人申立とは異つた面積である旨主張している。(右本件一二月一四日準備書面(乙疎七の二号証)第三の三末尾部分)もしこの記載が真実であれば本件確認は誤つた申請書に基いてなされていることになる。

なお「所々に」「高層共同住宅地とも散見される」とあるのが、本件地域ではなく相当離れたところである。

近隣一帯が低層住宅街であるためにこそ昭和四五年六月二日東京都企画総務首都整備委員会において第二一九号目黒区大岡山地区の住居専用地区第一種高度地区の指定に関する請願を採択(右委員会には脇坂都市計画第一部長芳賀建築指導部長も出席し、賛成発言をしている)し、遅延したとはいえ一二月七日の東京都都市計画審議会において審議し第一種高度地区指定を決定したのである。「所々に鉄筋造六階建高層共同住宅なども散見される」等とするのは、自ら、右都市計画を否定するものであるか、それとも為にする議論でしかない。

第二の一 不知。

の二 地元住民が反対運動をしたのは昭和四四年十月本件マンシヨン建築予定地に従来まで存した高砂大岡山交通株式会社の移転計画をしつた時であり、四五年一月二二日には大岡山一―二丁目の居住者二〇八四名(右地区の住民の八割以上にあたる)の署名をもつて住居専用地区及び第一種高度地区の指定請願を首都整備委員会に提出しているのである。

従つて従来から「本件、建物」について建設反対をしていたのではなく地元住民が高層建築物一般に反対運動をしている途中、秀和は、右、反対運動をしりながら、あえて三月一三日に建築確認申請を提出したのである。

の三 阿部 三村に関する点は認めてその余は不知。

の四 否認する。前述のとおり首都整備委員会に請願を提出したのは一月二二日であり三月二三日には指定促進の陳情、請願を提出したのである。

の五 四月三日 建築確認申請書類が送付された点は認める。

の六 不知。

の七 四月一五日 三村が再度来訪した点は認め、その余は不知。

の八 認める。但し、住居専用地区の請願も採択されている。

の九 否認する。高層住宅建設反対の請願は提出していない。

の一〇 認める。但し前日の七月一〇日に東京都議会本会議に又、右請願が採択されている。

の十一 否認する。第一回目の話合いが六月一一日行なわれただけであり秀和はそれ以後一回も話しにきていない。第二回目の話合いが行われたのは一一月一八日に至つてからである。

の十二 否認する。新聞発表があつたのは一一月五日である。

の十三 否認する。一〇月下旬ではない。

の十四 不知。

の十五 不知。

の十六 不知。

の十七 不知。

の十八 認める。

の十九 認める。

の二〇 認める。但し、栗山らは、その際、本件建物の敷地のみならず附近一帯の地盤が軟弱であるから資材搬入等の際の振動によつて附近家屋の損壊等の危険も指摘している。大沢係長の「本件建物の設計では、基礎杭が良質………で安全である」との回答自体が、ずさんな建築行政の一端を示しているのである。建築行政担当者としては提示された設計が果たして具体的な条件の下で真に安全か否かをこそ確認すべき(その法的根拠については訴状及び執行停止申請書記載の通り)なのであつて、「本件建物の設計では安全である」というだけでは何等、確認にあたいしないのである。右建築行政担当官の姿勢は、業者側のみの意見に基くことになり、その結果多くの違法建築をうみだすもととなるのである。(例えば、新宿十二社事件、昭和四十五年四月二五日毎日新聞参照右事件では建築確認後住民側からの違法建築の指摘によつて建築指導部は再調査せざるをえない破目におちいつている)

の二一 一二月二日 都において秀和、浅沼組と住民との間に話合いが行なわれたことは認める。

但し話合いの内容中(三)のうち擁壁の崩れについての話合いは何等なされていない。

但し、右話合いの内容は、およそ建築をなす者の最底限のモラルを示しただけにすぎないのであつて、例えば(三)の写真を互いに一部ずつ保有するとの約束に反して住民には、一枚も写真がわたつてないうちに工事着工を開始しているものであり、(五)の充分な配慮の約にもかかわらず、振動、騒音によつて住民には病者すらでている状態であり、その他擁壁のひび割れ及び擁壁の一部コンクリートが崩壊している状態にある。

の二二 確認処分をなした日時は認めるもその余は不知。

尚、「本件工事の着手にあたり基礎杭の一部が既存擁壁の底盤にあたるかどうかを事前に調査するよう秀和に対して口頭で指示した」とのことであるが、右事実こそが建築確認に際し建築主事は何等擁壁の確認をしていないことを自白するものであり、かつ又、ここでも業者の報告だけにすべてを委任する都の建築行政の姿勢をあらわにしているのである。

右、口頭の指示によつて業者が真に擁壁について危険がある場合に危険であるとの報告を提出するとは考えられないことはいうまでもないであろう。

の二三 被申立人は、松井源吾教授を人選するにあたつて阿部(地元住民の代表者である)町会長がその人選を一任していた目黒区加藤建築課長と相談したとのことであるが、阿部町会長は何等「地元住民の代表者」ではない。

阿部町会長に依頼したのは阿部町会長が目黒区区会議員であることから議会関係についての請願、陳情等についてあつせんを依頼したにすぎない。従つて申立人らはその人選について同意していない。

の二四 一二月九日 被申立人主張の調査が行われたことは認める。但し、建築指導部大沢係長他二名位が立会つたのは調査時間三時間のうち約一時間位である。松井教授の調査結果及び小泉技官の意見については不知。

申立人らには右結果は、これまで一切示されていない。

の二五 不知。

の二六 否認。

事実は秀和側でも全く疎明資料が整わず(一八日夕刻までにいまだ提出がない)審尋の続行を希望し、かつその条件としてその間は崖の側の工事は中止している旨申出たのである。

裁判所の意向は「本件は民事事件であるから崖崩れに直接関係のある崖部分の工事の禁止のみが対象となる。これを中止するというならその間は仮処分の必要はない」との前提があつて両者の主張立証の補充のため続行期日を定めたのであり、一週間の期日は崖の調査のために秀和が希望したものである。

第三訴えの利益について

一の(一)について

建築確認処分の対照者以外の者が訴えの利益を有することについては判例は確立している。

○東京地裁昭和二七年六月二五日判行裁例集三―五―一〇七八

○佐賀地裁昭和四〇年八月一六日判行裁例集一六―八―一四五一

○横浜地裁昭和四二年一〇月一九日判行裁例集一八―一〇―一三二八

同(二)についても同様判例があり、反対の判例はない。

○横浜地裁昭和四〇年八月六日判行裁例集一六―八―一四五一

同(三)(1)について

被申請人引用の判例は「民法相隣関係の規定に違反している建築許可であつても公法たる建築基準法に違反していないかぎり基準法上の許可の効力に影響はない」というものであり当然の事理を明らかにしたに止まり何ら訴えの利益になれるものではなく、従つて本件と関連性はない。

本件申請人らは相隣関係に基いて本訴に及んだものではない。

本件及びその本案たる事件は行政事件であり行訴法九条にいう「法律上の利益」が問題なのであり申請人らはその利益ある旨を主張しているのである。又「日照その他の被害を受ける者がある」から「確認処分が違法となる」と主張しているのでもない。被申請人の論旨は紛糾していてかつ論点を取違えている。

同(三)(2)について

東京都指定代理人らは前に別件(昭和四四年(行ウ)第二二二号)においては建築基準法の単体規定(個々の建物に着目してその安全性等につき定めた規準の条項)については、付近住民に訴の利益はない旨抗弁した。(右本件における昭和四五年二月九日付準備書面)

本件においては右主張及び前記多数判例の明らかに趣旨に反して単体規定につき付近住民は訴の利益がない旨抗争しようとしている。

本項の記載に現れた行政庁の態度には非常に疑問とすべき点が二点ある。

その一は意見書「第二」記載のとおりの経緯によりできることなら確認をせずにすませたいの態度で本件にのぞんできた行政庁が「不作為の審査請求」によつて脅迫されるや、あわてて確認を下し、一旦その挙に出た以上はすでに確立している判例、他の事件では認めている法理論さえ否定してまで粗雑になつた自己の行為を糊塗しようとする点である。

その二は「付近の建物等に対する危険の存否は建築主事が確認をなすにあたつて審査すべき事項には属さない」との主張である。個々の建物等に対する危険の存否を審査せずして確認(旧来の用語では許可)されては街は危険に満ちてしまう。建築基準法第一条「この法律は、建築物の敷地・構造・設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」を引くまでもなく、この事は当然の事理である。東京都建築主事がもし右意見書記載の如き態度で確認事務を行つているとすれば、これは単に行政の姿勢の問題ではなく明らかに建築基準法違反である。

申請人らは本件被申請人が事実このような法解釈に基いて本件確認を行つたのかどうか釈明を求める。もしそうであればそれは本件建物(マンシヨン秀和大岡山レジデンス)さえ地下一五メートルのピアによつて支えられて安全であればよく、申請人ら近隣者が崖崩れ等の危険により、生命身体の危険にさらされても何ら関知しないとの態度で本件「敷地の安全」を確認したことが明白だからである。

二について

まず被申請人は故意に崖崩れの被害を無視している。その他の被害等については本案事件において詳細に資料に基いて反論するとしても崖崩れはさし迫つた生命身体に対する危険であり、これを避止することをもつて行訴法九条の法律上の利益と言わなければ何をもつて言うのであろうか以下は簡単に反論する。

(一) 日照について

本件建築確認申請が被申立人主張の通りの予定になつていることは認める。但し右建築確認申請が最終的に、右になつたのは、何等被申立人の指導によつたものではない。仮に申立人等が反対運動を行なわなかつたとすれば、これほどの修正も行なわれなかつたものである。

ところで厚生省住宅基準調査委員会の建設省への答申によれば「木造住宅は冬至に四時間の完全日照があるようにすること、建物の南北間隔は、平家建の場合で五メートル以上の二階建で九米以上」でなければならないとされているものであり右答申に比べ七階建の高層建築物である本件建物については、北側約五―六メートル南側約四―八メートルが不十分なものであることは論外としても、例えば、被申立人が例示している、中込邸西側部分では、正確にいえば、一〇時から一五時まで、東側部分では、一時からおよそ日没まで、日照が妨害されるのであつて、右を最大限「三時間日蔭になるにすぎない」とする被申立人の日照についての考え方こそが、問題とされなければならないのである。

(東京高裁昭和四一年(ネ)第五九号、判例時報四九七号、神戸地裁伊丹支部昭和四四(ヨ)第一六号、二五号、一二一号判例時報五九二号参照)

(二) 風害について

本件建物の最高限は被申立人一ノ二二記載の通り三三メートルであり一階の床面積は、七六六・六九五平方メートルである。

風害が、超高層で大型のビル周囲にたまたま起きる現象であり、又本件建物程度の高さの建築物で、風害といわれるごとき、被害を生じた例がないとの点は争う。

(三) 電波障害について

秀和が、電波障害の調査依頼を行なつたのが、昭和四五年一二月五日であるとの点は不知、仮りに右時点で調査依頼を行つたとしても、建築確認処分がなされたのが、同年一二月三日である。従つてここでも又被申立人はすべて秀和依存である。被申立人主張の確約が、実行されるか否か設置費用は秀和で負担するとしても、維持費用がいずれの負担になるのか明確でないこというまでもない。

(四) プライバシー侵害について

周知のように民法典は明治三四年に制定されたものであり右規定は低層住宅を前提としたものであつて、現在のような高層建築物による見下ろしのプライバシー侵害を何等予定しているものではない。又プライバシーの保護に対する社会通念も時代と共に変化していることは、社会常識上明白なことである、従つて民法の規定に合致していることから直ちに「社会生活上受忍すべきもの」であるとの結論を導くのは論理に飛躍がある。

(五) 交通事情、下水道事情の悪化について

被申立人は人口の増加について申立外高砂交通会社の従業員数と秀和のマンシヨン入居者との人数を比較しているが、右比較の方法は正当でない。

被申立人の比較方法で判断していけば、無限に人口数(及びそれに基く社会生活上の喧噪)が許容されていくことになる。

ところで申立人三村は本件土地に居住してから既に三一年、佐藤は二五年、中込は四年たつのであつて当時本件建築予定地には何等建築物は存しなかつたのである。従つて高砂交通会社の従業員数ですら社会生活上の平穏を害していたのであつて本件建築物の入居者数によつて予想される喧噪等は社会通念のそれで判断すべきであつて、高砂交通のそれとは比較しえないのである。従つて右基準に従つて交通事情の悪化についてみれば、高砂交通会社所有の自動車台数が、判断の基準にならないことはいうまでもないであらう。総戸数八六戸の本件建築物について、仮りに入居者数が二〇五名予定されるものであつたとしても、右入居者について(マンシヨンの入居者であることに注意)駐車場予定台数八台しかないことをこそ注目しなければならないのである。社会経験上このことは路上駐車が増加すること、従つて交通事情が多くなることを示しているのである。

ちなみに、被申立人は、本件入居予定者を中堅サラリーマンとしているが、本件分譲価額は総計五億九三四五万円、平均七二四万円であつて、昭和四三年度マンシヨン分譲価額の平均五四八万(不動産経済研究所調)よりはるか高額なのである。

下水関係について又しても秀和が「恐れのないようにしている」というにすぎないのである。

(六) 工事関係(騒音、震動)について

(1) 騒音について

被申立人のこの点に関する立論は、秀和が「工事中騒音について充分配慮する」としていることを根拠にしていること、その無意味さは、前述した通りである。本件工事による騒音等の被害によつてすでに病人が発生していることも又前述の通りである。この事態は「社会的に受忍すべき限度をこえる」こというをまたない。

(2) 震動について

松井教授の調査報告、同小泉教官の意見については争う。

(七) 「擁壁について」について

(1)の第一第二パラグラフについて

仮りに建物の荷重がすべてピアにかかり、土圧に影響を与えないとしても、そのことによつて崖崩れの危険性がないわけではない。申請人側提出の「擁壁の安全性に対する考察」と題する書面(申請書補充書)4に記載、図示する通り地震時には、当該建物(マンシヨン)自体は安全であつても崖が崩れる危険がある。

(1)の第三パラグラフについて

「被申立人は右事実のほか、建築する建物の位置、擁壁の構造、高さ等を総合して東京都建築安全条例六条二項二号に該当するものと判断して本件確認処分を行つたのである」とするが「構造」について当時いかなる調査をしたのか。次のパラグラフに記載された「構造」は本件で仮処分が申請されたために、あわてて崖を掘つて調査してはじめて判明した事実である。

大沢係長が顔色を変えて独語した事実は多数の住民が現に目撃していることであつて、有つたことを無かつたと臆面もなく書面をもつて主張してくる行政庁の態度に、住民らは怒りいよいよ心頭に発している。

(1)の第四のパラグラフについて

擁壁の構造寸法については不知。もし被申請人主張のとおりであるとしても

〈1〉 記載は鉄筋の太さ並びに間隔のみであり大きさ、形状等が規準を満しているかについては主張がない。

〈2〉 本件擁壁は三枚の板状に作られており疎第一五号証三村報告書記載のとおりの状況下に作られたため、北側二枚については特に寸法の点で規準を満たしていないおそれが多分にある。

〈3〉 擁壁のコンクリート及び鉄骨につき、風化、腐蝕の程度は何ら調査されていない。特に疎一四号証記載のような大きな亀裂が生じているのであるから、風化腐蝕も相当ひどいと推測されるが、この風化、腐蝕部分を除いた部分の寸法(有効寸法)が法定の規準に合致しなければ、その擁壁は安全とは云えないのである。

要するに被申請人のいう「安全性の確認」とは、本件建築確認時に確かめられていなかつたものであり、又、その後の調査で確かめられた意見書記載の事実をもつてしても、とうてい「安全性の確認」とは云い得ないしろものである。

(2)について

工事中に擁壁付近に加わる機械等の重量及びその側圧となつて擁壁に加わる程度は、前記「擁壁の安全性に対する考察」の(1)

(3)記載のとおりである。

特に本件の如く、崖面から僅か一五五センチの位置にピアを打ちこむ設計では足場はもとよりこの外側に位置し、その他の機械等も崖面に近い位置で作動することは必至である。被申請人らは何ら重量に比して搬入機械等の重量が著るしく小さいと云い得るのであろうか。

(3)について

アースドリル工法がデイーゼルハンマー工法等に比して良いと云われる所以は、主として工事中の騒音、振動が少ない点であつて、その他の点(工事中の機械等の荷重、完工後の地震等による擁壁への危険性等)については全く他の工法によるものと変らない。〈注〉にいう耐力は建物自体を支える耐力であつて本件の問題外である。

(4)について

申請人等が指摘したとおりの危険性のあつた事実が確認された。その他の点についても前述した調査(有効寸法、実寸法等)がなされれば危険性が明白になるのである。事実、少くとも寸法(外形寸法)については一部測定がなされているに拘らず意見書において何ら主張されていない事実から、これが基準を満たしていなかつた疑が大いにある。

なお、被申請人は擁壁にピアがあたつた場合には擁壁が傷つくより前に機械が作動しなくなるから別段危険は生じないというが、あたつた場合、ドリルの機械は擁壁を破壊はしないが衝撃により、これを動揺させることはあり、その場合崖崩れが起こらないとは云えないというのが専門家の見解である。

このピアの位置変更は単にこれのみに止まらず基礎部分の一部変更を要するのであり、基準法一二条三項の報告のみで足りるものかは疑問であり、かつ、現在において、たとえその扱いをもつて足りるとしても、確認以前にこの事実(ピアが擁壁にあたる)が判明していれば、当然そのための手直しを命じて後確認しなければならなかつたものである。

この一事をもつてしても本件確認が擁壁の安全性を確認せずしてなされたものであることが明白となつた。

(5)について

「亀裂は単に表面上のひび割れにすぎない」というが、被申請人は疎一四号証の亀裂について知つているか。又、コンクリートの風化度について調査したか。このいずれもなさずして安全性を云々することはできない。

継ぎ目は建築基礎設計基準四五条三項の「伸縮継手」としての構造を持つていればよいが本件継ぎ目がこの構造を持つているかは確認されていない。

(6)について

〈1〉 前半部分地耐力調査について

乙疎第六号証の調査は秀和代理人安西弁護士によれば、本件崖から六・八メートルの地点での調査である。おそらく表土(瓦れき)七〇センチメートルとあるのが盛土部分であろう。この盛土部分は崖際に行くほど大きくなり擁壁面に接する点では全部が盛土部分となつていると思われる。

意見書はこのガレキ部分の地耐力については故意にふれずその下部のローム層の地耐力のみを云うが、本件では崖崩れの危険に関して土質が問題になつているのであるから、崖際の土質とその地耐力が調査されなければ何ら安全性の確認には関係しない。なお付言すれば、ローム層の長期許容地耐力一〇は建築基準法施行令九三条に示す表中でもつとも弱いものである。

又「鉄筋コンクリート建物の重量は、住宅では一層につき通常一平方メートルあたり最大値一・二トン程度である」というが現在高層の建物においては一・五トンが通常である。何よりも本件建物の具体的重量計算に基かずして安全性を云々することはできない。

第四「結論」について

被申請人は前記単体規定に対する一見明白に誤つた解釈を結論部分において繰返している。即ち「申請建物の工事に伴う付近建物等に対する危険の存在は建築確認の消極的要件ではないから、かりにかかる危険が存在する場合でも、建築主事は確認をなす義務があり、かような確認処分は完全に適法であつて、何ら瑕疵はないからである。」という。

この解釈の誤りについては前述したが、付言すれば前記判例等が単体規定について付近住民に訴の利益を認めたのは、ある建物についての「敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準」が遵守されることが、付近住民にとつて単なる「反射的利益」ではなく、「法律上の利益」であることを認めた趣旨に他ならない。被申請人が本件において特に右解釈を固執し、強調する所以は、本件確認を行つた際、崖の安全性の確認を怠つた事実、及び現にその後において行つた調査によれば、確認を受けた設計では少くともピアが擁壁底部と衝突するという一点のみをもつてしても、「敷地の安全性」に瑕疵があつた事実の二つから、「かりにかかる危険が存在する場合でも」「確認は完全に適法」であるというほかないからである。

末尾部分の「工事はかなり進捗している」との事実は争う。事実は一九日現在でピア用の穴六本を掘つたにすぎず、全工程から云えば一千分の一にも満たない。又、秀和が本件停止によつて蒙る損害は単に経済的損失にすぎず、又、同社は都内に同種マンシヨン六〇棟を有して、本件マンシヨンを例にとれば一棟で二億円というボロ儲けを続けてきたものが、その六〇分の一の儲けを失うにすぎない。「一部代金を支払つた二五世帯」が事実あるかについては不知だが、もしあると仮定してもこれは債務不履行論により同人らの負担に帰すものではなく、同人らに損失はない。

これにひきかえて申請人ら、全員の蒙る被害は少くとも健康(日照等)上の損失であり、著しい者は崖崩れによる生命の危険であつて、到底比較することはできない。

申請人らの主張

被申請人の答弁により次のことが明らかとなつた。

(一) 被申請人は本件建物の確認に際して建築基準法一九条の「安全上適当な措置」東京都建築安全条例六条二項二号の「がけ又は既設の擁壁に構造耐力上支障がない」ことを確認する措置をしなかつた。

(二) 確認後の調査(本来確認の効力に影響はない)によつて、現に右安全性が確実でなかつた事が判明している。よつて本件確認は取消されるべきことが明確となつた以上、本案判決あるまでの右回復し難い損害等を避けるために速かに執行停止の御決定をされたい。

別紙(六)

反論書第二(意見書その二に対する反論)

一、につき

「従前の擁壁は大谷石を垂直に積み上げたにすぎない」「甲疎第五号証によれば、崩壊した従前の擁壁は、勾配が垂直であると認められる」というが、事実に反する。およそ本件程度の高さを持つ擁壁に垂直の勾配をつけることはありえない。甲疎五号証(三村報告書)も何ら「垂直である」旨述べていない。

単に「鉄筋コンクリート造」であることをもつて「強固」であるとはいえない。

即ち、すでに度々くりかえして述べているように崖には大きさがあり、高さがあり、土質があり、さらに重要な要件としてその崖が「切土」であるか、「盛土」であるかの別がある。(参照、宅地造成等規制法施行令第一条)

「切土」及び「盛土」は共に自然の斜面を造成して階段状の水平な敷地を得る目的でなされる土木工事であつて、「切土」とは自然の斜面から土砂を切取ることによつて水平な面を得る方法であり、地層形成以来の永年にわたつて自然の引力によつて固められてきた地層そのものをもつて崖部分が形成されるので崖は比較的安定的である。これにひきかえて「盛土」は斜面の下方部分に土を盛上げることによつて水平面を得る方法であつて人工的に積み上げた土砂によつて崖が形成されるために軟弱である。

この人工的に積み上げられた土層は、百年や二百年程度では固まるものではなく、人、建物等の重力によつて固くなるのは、せいぜい地表から一メートルであり、それ以下の層は非常にぜい弱なままで残されていて崩壊の危険は大である。

盛土にも崖部分で一部が盛土のものと全部が盛土のものがあり、勿論盛土のものの方が圧倒的に右危険度が高いものである。

(説明図III参照)

本件は崖部分で全部盛土である。

申請外秀和株式会社は本件敷地につき地耐力調査(地層の強度の調査)をしたというが、その地点は本件擁壁より六・八五メートル敷地内側に入つた地点であり、その地点でも地表より七〇センチまでは盛土であることが確認されている。(説明図IIIの下段図)

本件土地の地形から見て前記三村報告書を待たずとも崖付近の部分(即ち擁壁に接着する部分)は、すべて盛土であることはむしろ当然である。

申請人らは右事実をもつて「本件崖はぜい弱な土質である。」と云つているものであるのを被申請人ら及び申請外秀和は土木および構造の専門家を擁しこのような造成地の構造には充分通暁しているはずであるにも拘らず、故意にこの事実にはふれず、造成にかからない従つて崖くずれに関係のない盛土部分のその下の地層であるローム層の強度について云々し、又六・八五メートル離れた地点について云々しているもので、これらは以下で明白にするように何ら本件擁壁についての問題の直接資料となるものではない。

二、について

(一) 前記のとおり被申請人は崖崩れに直接関係のないローム層の土圧係数〇・三三をここでも主張している。これは誤りであつて、左の要件により〇・五が正しい。

〈1〉 土質はローム層ではなく、被申請人意見書第三の二の(七)の(6)によつても表土は瓦れき層であるとされているのであり、前記のとおりの造成法から盛土部分は表土と同じ土質で形成されている可能性もある。又疎(甲)五号証によればこの部分は元畑地であつた時代の黒土(腐蝕土層)で形成されている可能性も弱い。右瓦れき層又は腐蝕土層はいずれもローム層より地耐力は弱く、従つて土圧係数は高い。(土圧係数が高いということは、極く通俗的に言えば土崩れの危険性が高いことである。)右いずれか又は第三の何物かであるが不明な場合は安全の見地から〇・五をとるのは常識である。

〈2〉 前記のとおり盛土の崖は「埋めもどし」の地層であり土圧係数は高い。

〈3〉 とくにローム層は比較的水を通さない地質であるが、埋めもどしの地層は著しく空隙をふくみ、水を通しやすい。従つてこの部分が水をふくむことによつて土崩れの危険度が増すことも考慮に入れなければならない。

以上、諸点よりすれば土圧係数の〇・五はむしろ内論目の数値である。

同(二)について

意見書は主張の趣旨を理解せず、あえて異をとなえるための主張をしている。

即ち、「擁壁の安全性に対する考察」の趣旨は次のとおりである。

問題はあくまで擁壁がその上部の敷地にどの程度の荷重がかかつた時に安全であるか、との見地から立てられ検討されなければならない。

(わかり易く言えば、崖の上の擁壁に近い部分にどの程度の重さの物が載つても大丈夫かを検討するわけである。)つまり擁壁付近の土(少くとも盛土部分が圧倒的に多いとだけ言える。)に対して全体としてどの程度の荷重がかかり、それが側圧となつて擁壁を圧迫するかの検討である。

事実工事中は「考察」二頁の(3)に記載したような機械、器具、自動車等が入れ替り立ち替り、あるいは同時に何種類もこの部分に立ち入り、この部分の土に対し荷重を増し、従つて擁壁への側圧を増すのである。

又、これらの機械、自動車等はその重みのために土にのめり込まないように板、鉄板等を敷いて通行させ、足場等は建地(タテジ=その地面に接する部分)に板を敷いて加重を分布させ、もつてのめり込みを防止するのである。

被申請人は「工事に際して最も擁壁に接近する場合」を「擁壁の内側の点から六・二八メートル離れた地点にアースドリル掘削機を設置した場合」と限定するが、アースドリル掘削機(アースオーガー)使用にあたり現場人夫らが右位置に置いて使用し、右位置より崖寄りに近い部分で使用しないなどとどうして保障できるのであろうか。又その他の機械、器具、自動車等が右位置より崖寄りに立入らないなどということも全くありえない。例えば足場等は必ず建物の外側に建てて外壁のモルタル吹付け等を行わなければ工事はできないものであり、又各階を各別時に行うのではなく、同時に工事する場合は、足場も又階段状に何階にも形成され、各足場に例えばモルタル材を入れた大きな槽を置いて吹付けを行う事の工程が必ず入つてくる。(本件では僅か一・五五メートルの余地を残すのみの崖際にこの足場を組むほかない。)

このような工事過程においてどのような事態が発生しても(「考察」(3)掲記の各機具等が最大限に同時的に崖際に集つても)擁壁がその荷重に耐え得るものでなければ擁壁は右工事に対して安全であるとは言えない。「考察」はその意味で最大荷重の概算を示して安全性検討の資料としたのであり、しかも前記のように板、鉄板等を用いて重力を分布させる場合もあり、機械、自動車等は位置を常に一定しているものではないから、これを分布荷重として想定してみることは決して誤りであると言うことはできない。

同(三)について

被申請人は「本件建物の設計によれば、地震時に本件建物が受ける横力は、基礎梁の土圧抵抗に負担させることになつており」と言つているが、このような構造はありえない。基礎梁と杭の関係は、〈1〉単純支持(両者を固定せず単に杭頭に基礎梁を載せているにすぎない構造)と〈2〉杭頭固定(杭の鉄筋を延長して梁の中まで入れて両者を固定する)とがあり、後者の方が安定度が高い。

「考察」においては後者を想定している。

しかし、前者の工法であつても「地震時に建物が受ける横力」は基礎梁のみが負担するというわけにいかず、必ず杭頭にも何らかの影響を与えずにはいない。而して杭頭が受ける負担は「固定」の場合より弱いことは事実であるが、その分は基礎梁自体にかかるのであり、既ち基礎梁全体でもつて土を押すことになり、本件建物では地表より一・五メートルの部分に(従つて擁壁との間隔が最も小さい部分に)ほとんどの横力がかかることになり危険である。(説明図IV参照)

まして現在の工法は横梁のためにその必要な大きさだけを溝状に堀るのではなく、その方が簡易であるため、予め基礎梁の深さにブルトーザーで土を削りとつてしまつて基礎梁を造築し、しかるのちに空いた部分に土を埋め戻す工法がとられる。このため基礎梁の横の部分は前記した条件で土圧係数が高く、横力に対して弱くなつている。

以上要するに地震の際の横力を全部基礎梁が負担することはあり得ず、又相当部分負担する(単純固定工法)としても、それが故に擁壁に横力の影響がかからないとすることは全くの誤りである。(地震の際の建物の横揺れのエネルギーは、どこかに伝わらなければならず、どのような方法であろうと建物の地上部分のみで消えてしまうなどということはあり得ない。=エネルギー不滅の法則)

地震震度について

施行令八八条において地震震度が〇・二と定められている事実は認める。

まず、この数値は何ら科学的な根拠なく出されていて、実際の地震に遭遇した建物の安全性に対して無責任な数値であるとして建築学会の非難を浴びていることは周知のとおりである。例えば十勝沖地震の際のこの値は〇・四乃至〇・六であつたため多数の建物の崩壊を招いた。しかしすべての建物が崩壊するに至らなかつたということは、建物には震度計算上算入されない横力に対する抵抗力(壁等は、その典型であり、柱、梁等を連結する力によつて抵抗力となる。)が相当に働くため、実際には震度〇・二によつて計算された建築物であつてもこれ以上の震度に耐え得ることとなつている。又建物はその材質その他様々な要因によつて「剛性」(対地震力)が高くなる(木造トタン葺等の軽い家の方が剛性は大きい)こともあり、震度〇・二によつて計算された建物は、なお相当の余力をもつのである。しかし良心的な建築家は震度〇・二(施行令八八条は〇・二を「次の数値以上としなければならない」とする最低基準としてしかあげていないのであり、かつ地盤軟弱及び高さ十六メートル以上=本件建物もこれに該当=その他の要件によりこの下限値を上げている)にこだわらず、安全な建物を建つている現状である。

まして、右は建物自体についての震度であり、敷地の安全性についての尺度ではない。建物自体と同程度の安全性を見込むとすれば、〇・二を基礎としては前記諸事情により建物の実際に持つ耐震性より劣ることになるのである。

このような事実に基き、安全性の確認のための資料としては、〇・五を見込むことが全く妥当なのである。

地盤係数について

「考察」のとる地盤係数の根拠は、本件土地の土質を粘土質と見て、やわらかい粘土の上限、中位の硬さの粘土の下限である〇・五をとつたものである。被申請人のとる係数一・〇は硬質の粘土を想定しているのであるが、本件で行なわれたボーリングテストは地盤係数の測定を目標にしてなされたものでなく、被申請人主張の一・〇は無根拠である。

このように、安全性が問題となつていながら確たる資料がない場合、まして土質とは非常に微妙な変化を見せ、構造関係者によつて「不可解な代物」と呼ばれているものであるから、同じ粘土でも硬質のものを想定し、地盤係数を高くとるのは誤りであつて、どちらかと云えば軟質のものを想定するのが常識である。

以上要するに被申請人らの主張は本件建物の確認にあたつて何ら敷地の安全性を確認せず、又現在に至つてさえ正確な調査を怠つている被申請人の行政行為をいささかも反省することなく、ただその失策を糊塗するために有利と見た数値(建基法・同施行令等の定める数値は本件の如き高層建築物については、十分と言えず、その安全度の引上が答申されている=昭和四二年一二月一三日建築審査会の建設大臣宛「建築関係法制を整備するための方策等に関する第一次答申」)を何の根拠もなく挙げ連ねているにすぎない。

申請理由の補充

建基法一九条にいう「敷地の安全」とは、単にその敷地の上に建てられる建物の安全のみを言うのではなく、その隣接する建物に対する安全をも含むものであることについて、

一、都市は建物を主とする諸施設の集合体であり、「都市は一面においては全都市居住者の綜合生活を遂行するための生活機関である」(笠原敏郎・市川清志著建築物法規概説=甲一九号証=二七頁)而して特に私有の建築物は私的に計画され造成されるものであるため、そのレツセ・フエールに委ねておいたのでは経費節減その他の要求から建物の質的欠陥を生じ、国民生活に弊害を与えることがあつてはならない、との趣旨で建築規準法の単体規定による規制が行われるのである。(前同二八、三一、三二頁)

即ち建築基準法による制限はすべて(集団規定も単体規定も)「土地所有権の公法的制限」であつて(金沢良雄他著 住宅関係法I四〇頁)その制限は「国民の生命、健康及び財産の保護」(同法一条)を目的とするのである。

従つて同法の目的からして、ある建物をその規準に従わしめることによつて、たんに当該建物の直接利用者のみの安全を保護するのでは足りず、その他の都市生活者(通行者、近隣居住者)をも保護するものでなければならない。

建物内部の人間にとつては安全であつても、偶然その前を通りかかつた人に対して被害を与える(例えば窓その他建物の構成部分の落下)又は近隣建物居住者に対して被害を与え(例えば災害時の退路を遮断する)ような建物が出現すれば、それは前記のような私権制限を行うことによつて「公共の福祉の増進に資する」同法の目的に反するからである。

二、このことは法目的からして当然の事理であるがすでに判例によつても再々適確に表現されている。以下に例示する。

○横浜地昭和四〇年八月一六日判・昭和三八年(行)一一号、行裁例集一六巻八号一四五一頁

「右規定はいずれも法第一条の「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的」として単に建築主のみでなく近隣居住者の保健衛生、火災予防等の見地から規定されているものである。従つて法第六条による建築確認処分の対象となつた建築物の近隣居住者は法規違反の確認処分によつて保健衛生上不断の悪影響を受け、或いは火災等の危険に曝されるおそれがあるときは、法律上当該確認処分の取消を訴求する当事者適格を有すると解すべきである。」

○横浜地昭和四二年一〇月一九日判・昭和四〇年(行ウ)六号、行裁例集一八巻一〇号一三二九頁

「ところで建築基準法第六条第一項各号に該当する建築物を建てる場合には同条により当該工事の計画が当該建築物の敷地構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基く命令及び条例の規定に適合するものであることを要し、同法第三章第一九条以下、建築基準法施行令第一九条以下にその具体的な基準、同法施行規則並びに建築士法にはその手続の細則並びに添付されるべき図書の作成に関する細則がそれぞれ規定されている。右規定はいずれも法第一条の「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的」として単に建築主のみでなく、近隣居住者の保健衛生火災予防等の見地から規定されている。」

以上

(説明図III IV省略)

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